電気でなく水の流れで0と1を記憶するチップ 米イェール大、柔らかいロボットの「脳」にも
米イェール大学の研究チームは、細い溝に柔らかい繊維を置いたチップで、液体の流れの履歴を0と1の形で覚えられることを示した。記憶に電子回路を使わない仕組みで、将来は柔らかいロボットの「脳」として働く制御装置につながる可能性があるという。
サイエンス- ●イェール大が液体の流れで0と1を覚えるチップを示した。記憶に電子回路を使わない
- ●溝の中の柔らかい繊維が流れに押されて2つの形を行き来し、その形で履歴を残す
- ●柔らかいロボットの「脳」になる可能性があるが、学習させるのはこれからの課題だ
すぐ暮らしに関わる技術ではないが、電子機器が使いにくい場所で働くロボットや、脳を持たない粘菌のふるまいの謎を解く手がかりになりうる研究だ。
大学は、流れの網を訓練して役に立つ仕事をさせる「物理的な学習」を、長期の課題に挙げている。ロボットへの組み込みも、これからの段階だ。
米イェール大学の研究チームは、細い溝の中に柔らかい繊維を置いたチップで、液体の流れの履歴を0と1の形で覚えられることを示した。論文は2026年10月9日、米国物理学会の学術誌「Physical Review X」に載った。
何が発表されたのか
研究したのは、機械工学のアミール・パフラヴァン(Amir A. Pahlavan)助教の研究室だ。チップはシリコーンゴムの一種でつくり、溝の深さは80マイクロメートル。大学の説明では「人の髪の毛の幅の半分ほど」だ。溝の壁には、水を含んだ柔らかいゲル(ハイドロゲル)の細長い繊維を、斜めに立てて固定した。外から弁を動かす部品は使わず、繊維が受け身のまま情報を蓄えるのが特徴だ。
しくみ: 流れに押された繊維がパチンと切り替わる
液体を流すと、繊維は押されて曲がる。曲がると壁とのすき間が狭まって流れ方が変わり、繊維にかかる力も変わる。論文は、この「流れ」と「変形」の押し合いで、繊維がパチンと切り替わる2つの安定した形を持つことを示した。
流れを強めると、ある強さで繊維は大きく曲がった形へ切り替わる。弱めてもすぐには戻らず、もっと弱くなってから戻る。行きと帰りで切り替わる点がずれるこの性質を「ヒステリシス(履歴現象)」と呼ぶ。2つの形を0と1に当てれば、メモリの1ビットのように使える。論文は、この部品を「流体のヒステロン」と呼んでいる。
かんたんに言うと
強い風で傘が裏返ると、風が少し弱まったくらいでは元に戻らない。その「戻らなさ」に、過去の風の強さが記録されているようなものだ(TECHNOVAの見方)。
何本もつなぐと
繊維の溝の横に迂回路を並べると、1本が切り替わるたびに流れが迂回路へ逃げ、離れた繊維どうしが流れを通じて影響し合う。10本を一列に並べた実験では、複数の繊維が一度に切り替わる「なだれ」のような動きが見られた。それでも、試した手順では、同じ折り返しの点に戻ると0と1の並びはいつも同じに戻った。
何に使えそうか
大学によると、使い道の一つは柔らかい素材でできた「ソフトロボット」だ。流れの量や圧力を電流の代わりにし、繊維を弁、溝を配線のように使う。パフラヴァン助教は「電磁的な干渉などで電子機器が動かない環境も多い。液体だけで動く制御装置をソフトロボットに組み込み、事実上の脳として働かせるのが狙いだ」と話す。脳を持たない粘菌や植物の根が経験に応じてふるまいを変える仕組みを知る手がかりにもなりうるという。
まだできていないこと
今回示したのは、流れの履歴を「覚える」ところまでだ。流れの網を訓練して役に立つ仕事をさせられるか(物理的な学習)は、大学も長期の課題としている。今回、ロボットには組み込んでいない。実験では、ポンプで流す量をゆっくり変え、繊維の形は顕微鏡で撮って読み取った。論文によると、繊維が形を変える時間の目安は10秒ほどだ。
日本ではどうなるのか
論文の著者はイェール大学の2人で、日本の研究機関は加わっていない。製品化や日本での提供の予定は発表されていない。電子のコンピューターとは違う仕組みで情報を扱う研究には、人の脳の細胞のかたまりに点字を読み分けさせた英国の研究もある(関連記事: 人の脳の細胞の小さなかたまりが点字を「読み分けた」)。
まとめ
米イェール大学のチームは、溝の中の柔らかい繊維が流れに押されて2つの形を行き来し、流れの履歴を0と1で覚えることを示した。電子機器が使いにくい場所で働くソフトロボットの「脳」につながる可能性があるが、学習させたり、実際の装置にしたりするのはこれからだ。
チェック済み。この記事は監修者によってチェックされました。(2026年10月23日)
代表取締役。工学部出身で、21歳で起業してからシステム会社の経営一筋で8期目。アプリの受託開発から始め、いまはAIを使ったシステムソリューションを手がけています。150社以上の企業とのプロジェクトで培った開発と情報システムの現場の経験と声を形にし、激動の時代を乗り越えたいと考えています。