ボッティチェリのヴィーナスのモデル、死因は下垂体の腫瘍か 絵の目に注目した3本目の論文
「ヴィーナスの誕生」のモデルとされるシモネッタ・ヴェスプッチは、1476年に23歳で亡くなった。死因を下垂体の腫瘍とみる研究チームが10月12日、絵の中の目に注目した3本目の論文を発表した。大学の発表も、この説を「仮説」と呼んでいる。
サイエンス- ●ボッティチェリが描いた女性の死因を、下垂体の腫瘍とみる研究者らが3本目の論文
- ●今回は「ヴィーナスの誕生」などの目を調べ、目の周りのはれと斜視に注目した
- ●画像検査はできず、著者らも腫瘍の場所までは絞り込めないと書いている
美術館や画集で名画を見る人には、見どころが1つ増える話だ。ただ、絵から病気を言い当てたわけではない点は押さえておきたい。
研究チームは絵と記録から論文を重ねている。画像検査ができない以上、腫瘍がどこにできたかは絞り込めないと、著者ら自身が書いている。
シモネッタ・ヴェスプッチは1476年、23歳で亡くなった。ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」のモデルとされる女性で、死因は結核が疑われてきた。
ローマのカンプス・ビオメディコ大学とロンドン大学クイーン・メアリー校に所属するパオロ・ポッツィッリ教授らは、下垂体の腫瘍が原因だったとする説を2019年から唱えている。下垂体は脳の下にある小さな器官で、体の成長や乳の分泌などに関わるホルモンを出す。チームは10月12日、3本目となる論文を、BMJが発行する学術誌「Medical Humanities」に発表した。今回は、絵の中の目に注目した。
舞踏会で倒れてから、数日で寝たきりに
6月に出た2本目の論文は、最期の様子を手紙などの記録からたどっている。シモネッタは1476年、舞踏会の最中に倒れ、ひどい鼻血を出した。数日のうちに具合が悪くなり、寝たきりになった。
ピエロ・ヴェスプッチとロレンツォ・デ・メディチが交わした手紙には、鼻血や鼻水、激しい頭痛、混乱が記されている。ときには幻覚もあったようで、嘔吐や高熱も続いた。2人の医師の見立ては分かれ、最後は結核の薬を使ったが、効かなかった。
シモネッタは1476年4月に亡くなり、フィレンツェのオニサンティ教会に葬られた。論文によると、ボッティチェリは1510年、彼女の足元に葬られることを望んだ。
3本の論文で足してきた手がかり
3本の論文は、顔、最期の症状、目の順に手がかりを足してきた。
| 発表 | 学術誌 | 調べたもの | 著者らの結論 |
|---|---|---|---|
| 2019年10月 | Endocrine Practice | 複数の絵の顔。目鼻などの特徴点の間の距離を測り、頭の向きは3次元のモデルでそろえた | 成長ホルモンとプロラクチン(乳の分泌を促すホルモン)を出す下垂体腺腫があったと考えるのに十分な根拠がある |
| 2026年6月 | Endocrinology, Diabetes & Metabolism | 最期の数日の症状と、引き金になりうる出来事の記録 | 腫瘍が急に大きくなって起きた「下垂体卒中」が、最も考えられる死因 |
| 2026年10月 | Medical Humanities | 「ヴィーナスの誕生」などに描かれた目 | 目の周りのはれと斜視は、大きな下垂体の腫瘍と関わっている可能性がある |
2019年の論文が特に重く見たのは、ボッティチェリの「女性の寓意的肖像」だ。シモネッタとされる女性が、右の胸から乳を流している。記録では、シモネッタは子どもを産んでいない。研究チームは、この乳の表現と、絵ごとの顔つきの変化から、ホルモンを出す腫瘍を疑った。6月の論文は、5枚の肖像の顔の変化がこの腫瘍の患者に見られる変化と合うことを、深層学習を使った顔認識のプログラムでも確かめたとしている。
下垂体卒中と、最期の記録を並べる
下垂体卒中は、下垂体の腫瘍の中で急に出血したり、血が通わなくなったりして起きる。6月の論文は、突然の激しい頭痛、嘔吐、見え方の異常、意識の変化などが出る病態で、まれだが命に関わることもあると説明する。
- 下垂体卒中でよく出る症状: 突然の激しい頭痛・嘔吐・見え方の異常・意識の変化
- シモネッタの最期の記録: 激しい頭痛・嘔吐・混乱と幻覚・暗い部屋で休みたがった
論文は、若い患者9人を調べた別の研究も引いている。頭痛は9人全員(100%)に出て、めまいは44%、見え方の異常は66%だった。光をまぶしく感じる症状も含まれ、暗い部屋を好んだシモネッタにも当てはまるとみている。
論文は、引き金の1つとして、素早い動きや跳躍のある当時の踊りを挙げている。
絵の目に見えたもの
クイーン・メアリー校の発表によると、10月の論文は絵の目を次のように読み取った。目の周り、とくに左目のまわりにはれがある。白目を覆う膜(結膜)にはたるみやひだがあり、その下の組織は水がたまってふくらんでいる。右目の周りにも、少しはれが見られる。
研究チームは、こうした変化と斜視(左右の目の向きがそろわない状態)は、大きな下垂体の腫瘍と関わっている可能性があるとした。論文の著者には、眼科医も加わっている。
ポッツィッリ教授は「ボッティチェリは、描く相手をとても写実的に表した優れた画家だった。何世紀もあとに私たちが読み取れる医学の手がかりを、絵に残していても不思議ではない」と話している。
「分かった」とまでは言えない理由
6月の論文は、自らの説の限界も書いている。
- 画像検査ができないため、腫瘍がどこにできたかまでは絞り込めない
- 「ヴィーナスの誕生」の斜視が、シモネッタ本人の特徴だったのか、女神ヴィーナスに与えた美しさの表現だったのかは分からない
クイーン・メアリー校の発表によると、ヴィーナスの斜視はほかの画家にもまねされ、ルネサンスの美しさの特徴になった。ウフィツィ美術館の解説では、「ヴィーナスの誕生」は1485年ごろの作品だ。シモネッタが亡くなった1476年より、あとに描かれた絵になる。
クイーン・メアリー校の発表も、この説を「仮説(hypothesis)」と呼んでいる。6月の論文の結論は、下垂体卒中を「最も考えられる死因」とするものだ。
「ヴィーナスの誕生」をもう一度見るなら
「ヴィーナスの誕生」は、イタリア・フィレンツェのウフィツィ美術館にある。美術館のWebサイトには作品の解説ページと動画があり、日本からも見られる。左目のあたりに注目すると、論文が何を指しているのかが分かる。
論文と大学の発表はどれも英語で、日本語の発表は出ていない。6月の論文は、誰でも無料で読める形で公開されている。
- Queen Mary University of London「New research on Botticelli's Venus supports a death from a pituitary tumour diagnosis」(2026年10月14日)
- Pozzilli P, Camilletti MA, Strano G, Salerno A「Pituitary neuroendocrine tumour and strabismus in a young woman who died in 1476」Medical Humanities(2026年10月12日・PubMed の書誌情報)
- Nardelli D, Black D, Schafer A, Pozzilli P「Pituitary Tumour Apoplexy as Cause of Death of Simonetta Vespucci, the Venus by Botticelli」Endocrinology, Diabetes & Metabolism 9(4) e70261(2026年6月12日)
- Pozzilli P, Vollero L, Colao A「Venus by Botticelli and her pituitary adenoma」Endocrine Practice 25(10)(2019年10月)
- ウフィツィ美術館「Birth of Venus」
チェック済み。この記事は監修者によってチェックされました。(2026年10月25日)
代表取締役。工学部出身で、21歳で起業してからシステム会社の経営一筋で8期目。アプリの受託開発から始め、いまはAIを使ったシステムソリューションを手がけています。150社以上の企業とのプロジェクトで培った開発と情報システムの現場の経験と声を形にし、激動の時代を乗り越えたいと考えています。