細胞の小さな「利き手」が、センチメートル級の時計回りの渦に 理研などが粘菌で発見
寒天のくぼみに置いた細胞性粘菌の細胞が次々に出ていくと、集団は時計回りに回るセンチメートル級の渦を作った。理研と筑波大学などが発表した。もとは、細かく測らないと見えないほど小さな、細胞1個の向きの偏りだ。
サイエンス- ●粘菌の細胞が1か所から出続けると、集団が時計回りの渦を作った
- ●もとは1分間に約2〜3度、時計回りに曲がりやすい細胞1個の偏り
- ●向きをそろえ合う性質と細胞の供給が、小さな偏りを大きくした
心臓が左にあるのを、ふだん不思議に思う人は少ない。その当たり前の左右差がどこから来るのかを、細胞1個の偏りから探っている。
寒天の上で見えた仕組みが、生きた体の中でも働くかが次の焦点。研究を体内の細胞集団に広げれば、臓器の左右差の成り立ちに迫れると、理研などは期待する。
直径5センチの培養皿に寒天を敷き、中央の小さなくぼみに細胞をまとめて置く。29時間後に上から見ると、細胞の帯が何本も腕のように伸び、時計回りの渦を描いていた。
理化学研究所(理研)と筑波大学などの共同研究チームが、細胞性粘菌の実験で見つけた模様だ。理研と筑波大学、京都工芸繊維大学が2026年10月26日に発表し、成果は科学雑誌『Nature Communications』に同日付で載った。
細胞性粘菌は森の土の中などにすむ生き物で、ふだんは1つずつのアメーバとして動き回る。その動きには左右の偏りがあり、理研はこれを細胞の「利き手」と呼ぶ。専門の言葉では「細胞キラリティ」。キラリティは、左手と右手のように、鏡に映した形と重ね合わせられない性質のことだ。
ヒトの心臓は、ほとんどの場合、体の左側にある。細胞キラリティは、こうした臓器や体の左右の違いの土台に関わると考えられている。ただ、細胞1個の小さな偏りが、集団の中でどう大きな左右差になるのかは、よく分かっていなかった。
1分間に2〜3度の偏りが、渦になるまで
細胞の数が変わらない集団を扱った研究が多いなか、今回は数が時間とともに変わる「開放系」で調べた。体の中でも、細胞は増えたり、決まった場所から次々に出て移動したりする。くぼみに置いた細胞は数時間後から周りへ出ていき、くぼみが細胞の供給源になる。
使ったのは「KI細胞」という変異株で、化学物質の濃さに引き寄せられる性質を失っている。化学物質の影響を除き、細胞どうしの動きだけを見るためだ。
細胞を置いてから8時間後には、くぼみの周りに細胞がぎっしり集まった輪ができた。やがて輪から細胞の帯が何本も現れ、時計回りに回りながら外へ広がっていく。回る向きは一貫して時計回りで、渦はセンチメートルの大きさに達した。KI細胞が1分間に進むのは約25マイクロメートルだから、まっすぐ進み続けても1センチ先に着くまで6時間以上かかる。渦をつくる細胞は、100万個以上にのぼると見積もられている。
その渦のもとになった偏りは、ごく小さい。細胞1個の向きの変わり方を調べると、平均して1分間に時計回りへ約2〜3度ずれていた。精度の高い解析をしないと見過ごすほどの差だ。
偏りが中くらいのときだけ、渦が巻く
小さな偏りは、なぜ消えずに大きな渦になるのか。研究チームは、2つの細胞がぶつかると、互いの進む向きがそろいやすくなることを確かめた。1個ずつなら、右への偏りはでたらめな動きに埋もれてしまう。ところが集団で向きがそろうと、でたらめさが抑えられ、偏りが表に出てくる。中心で回る輪に導かれて、外へ伸びる帯も時計回りに巻いていく。
物理学では、鳥や魚の群れのように、自分で動くものの集まりを「アクティブマター」と呼ぶ。研究チームは、その分野の草分けといえる数理モデル「Vicsek(ヴィチェック)モデル」に、時計回りの偏りと、中心から細胞を加え続ける仕組みを足した。計算でも、実験によく似た渦が現れた。偏りをなくすか、ごく弱くすると、模様はほぼ同心円になる。強すぎると、中心で回る点だけが残った。渦が巻くのは、その中間だけだった。
今回の舞台は寒天の上で、細胞は化学物質に引き寄せられない変異株だ。生きた体の中でも同じ仕組みで左右の差が大きくなるのかは、まだ確かめられていない。細胞がそもそもなぜ右に曲がりがちなのかも、今回の発表では扱っていない。
理研の発表のページでは、29時間後の渦の写真や、計算で再現した3つの模様を図で見られる。早川雅之研究員(研究当時)は、見つけたときのことを「美しいスパイラルにひかれ、何度も結果を見返した」と振り返る。
チェック済み。この記事は監修者によってチェックされました。(2026年10月26日)
代表取締役。工学部出身で、21歳で起業してからシステム会社の経営一筋で8期目。アプリの受託開発から始め、いまはAIを使ったシステムソリューションを手がけています。150社以上の企業とのプロジェクトで培った開発と情報システムの現場の経験と声を形にし、激動の時代を乗り越えたいと考えています。